井の中の蛙 ジンベイを知らず

されど、ほにゃららの深さを知る

休むことへのためらい

4月から新しく増える仕事がある。

前任者から引き継ぎを受け、あと1週間ほどでスタートとなる。

 

ふと、私が新社会人としてスタートを切った時のことを思い出した。

緊張と期待と、不安と希望とを抱えた、本当に複雑な心境で職場に向かったのを覚えている。

 

社会人になって一番困ったことが、休むことへのためらいだった。

 

大学生の時は、自分の判断で、誰の許可もなく、授業を休むことが出来た。

部活を休む時も、先輩にちょこっと連絡を入れれば済むだけだった。

遅刻をする時も、友だちとの待ち合わせに遅れるくらいの感覚で「ごめん」で済ませていた。

 

しかし社会人になった時、それが出来なくなった。

 

遅刻や欠勤はしない。
それが、私なりの“社会人として”の振る舞いだった。

 

相当気を張っていたのだろう。

学生の頃あれだけ遅刻魔だったのに、一度も遅刻せず、一度も休まず、出勤し続けることが出来た。

そして案の定、6月頃には息切れ状態になっていた。

 

ある朝、ちょっとした体調不良が私を襲った。

本当に軽いものだった。疲労からくる風邪のようなもの。

 

しかし直感で『休まなければ』と思った。長年の勘で分かる。これは、しっかり寝ないといけないやつだ。

 

そして同時にこうも思った。『あれ?でも誰に許可をもらえば良いのだろう』と。

 

今思うと、職場に電話して、誰でも良いから事情を説明すれば、それで済む話である。

 

しかしその時の私は、無遅刻・無欠勤が社会人としての振る舞いだと完全に思い込んでいた。そのため、欠勤したい旨を誰かに伝えたら、相手に心底失望されるのではないかと恐れた

 

あの頃の私は完全に精一杯になっていて、余裕のかけらもなかったのだろう。

そんな状態で、職場の人から失望されるのでは、という不安はただただ大きく膨らむ一方だった。

 

私は休むことを選択肢から外した。

そこから、ずるずると、自分がこれまで蓄えたエネルギーを切り崩しながら生きるようになっていく。

 

 

こういうタイプの人って、少なからずいるのではないだろうか。

欠勤したいのに、欠勤というものへの漠然とした不安感やためらいから、それが出来なくなってしまう人。

そして、最終的には、どうしても休まないといけないような状態(入院とか、えげつない高熱とか)になるまで、自分を追い込んでしまう人。

 

欠勤したいなぁと思うくらいに身体的にも精神的にもダメージを受けている状態では、こういう人は、休むという大技を繰り出すことなんて不可能だ。そんな決断は出来ないだろう。

 そして、決断が出来ないまま、ずるずると頑張り続け、そして最終的には本格的に体調を崩す。というか、本格的に体調を崩すまで、最悪死ぬまで、頑張り続ける。

 

正義感や責任感がそうさせているのかもしれないが、それだけではないと今は思う。

疲れ始めると、余裕がなくなり、視野がものすごく狭くなる。

視野が狭くなるから、臆病にもなるし、孤独にもなるし、自分に自信もなくなる。何に頼ったら良いのかも分からなくなるし、不安ばかりが大きくなる。

 

こういうタイプの人は、まず、一番ハードルが高そうなことを元気なうちにしてしまうと良いかもしれない。

今回の件では、例えば、元気なうちに有休を使ってみる、とか。

「社会人としての理想」と違うことをして自分の中の何かが傷ついたとしても、元気だから、自己再生するエネルギーがある。

 

私はいつも、新しい職場にお世話になる時には、欠勤しなくてはいけない時の手順を事細かに聞くことにしている。

 

いくら万全な対策をしていても、体調を崩してしまう時はある。

絶対に休まない、という決意は、自分の命を削ってしまう。そうではなくて、元気なうちに、休む時はどうすれば良いのかをしっかり考えておく方が良いだろう。