井の中の蛙 ジンベイを知らず

されど、ほにゃららの深さを知る

修論執筆の1週間③

2日前から続く「修論執筆の1週間」

今日は第三話です。

 

>>>つづき>>>

 

28日の昼、いつも通り(といってもここ数日だけのことだが)気分転換もかねて昼食の調達のためコンビニに出かけた。昼食とおやつ。おやつにはお気に入りのガルボと、ここ最近のお菓子の消費っぷりを鑑みてチョコがたくさん入ったファミリーパックも買っておいた。

 

この時の修論の進捗状況は、ざっと3割程度。土台は完成したが、まだまだ書かなきゃいけないことが山のようにある。粗削りも粗削り。むしろここからがやっとスタートだ。

 

例えていうなら、これまでは、山に行って木を切って来る作業をしていた。どんな木材なら使えそうか、とか、どんな木なら伐りやすそうか、とか、どれくらいの量の木材が必要なのだろうか、と考えながらひたすら木材を生み出す作業。近くに面白そうな岩があったら、それも一応削って持って帰る。何かに使えるかも、という期待を抱きながら。

 

そして28日の昼からは、集めてきた材料を、設計図を見ながら必要な形に成形したり、材料全体を見渡して、設計図の方を少し修正してみたり、そういう作業を始めたのだ。「設計図通りのものを完成させる」ことよりも、とにかうなんでも良いから作れるものを作って形にして残す、ということが大切だ。(私の進捗状況を心配した指導教官が「修論は提出することが大切です」というメールを送ってきたくらいだ。)

 

つまり、材料集めが終わり、組み立て作業に入ったのだ。やっとだ。

あと4日でどこまで出来るか…そればかりが気がかりだった。

しかし気にしている時間はない。ただ黙々と目の前の作業に集中した。

 

作業の種類が少し変わり、私の集中モードがここ数日のものとは少し変わったらしい。

どうやら私には集中モードが少なくとも2種類あり、その1つは“組み立て作業”の時に入るモードのようだった。当時の私はそのことにはまったく気付いていなかったし、今でも知らないうちにそのモードに入ることが多い。

そのモードに入ると、平気で何時間もPCの前でカタカタしていられる。これは文章を書く時に限った話ではない。全般的に何かを“組み立てる”時、気付いたらこのモードの集中に入っている。

そして、その段階に入った私の集中力は結構すごいと自負している。そういえば幼い頃からそうだった。時間が長いし、周りの様子とかも分からなくなるし、何より疲れない。

こういうの、職人気質の人に多いのではないだろうか。

 

そんなわけで、私は28日の昼にセブンイレブンに行って帰ってきてから、職人さながらの集中モードに突入したわけである。

 

これがこれから先に待ち受けるアホな経験の入り口だった。

そんなの気付くわけもなく、私はずんずん入り込んでいくのだった。

 

>>>いよいよアホな経験始まるか?!明日に続く>>>